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僕の食に対するパッションはこここらきている。〜農業に貢献できる人になりたい〜 《幼少期〜市場編》

僕がなぜ食を、これほどまで追求するのか?

僕は農業で育ち、農業でサラリーをもらっている。このように書くと、あなたは農家なんですか?と思われるが、僕は農家ではなく、お米を販売する商社に勤めているサラリーマンのである。

僕の実家は代々続く専業農家である。地域は熊本県八代市で、僕が育った地域は、保育園で28人中25人が農家で生計をたてていた。小学校でも、7割以上は専業農家。僕が育った幼少期では、専業農家がメジャー職業であった。そんな幼少期を過ごすと、農家が当たり前、サラリーマンがまれである。今思うと、希少な地域だったと思う。

物心つく頃には、稲刈りあとの乾いた田んぼで、よく遊んだものだ。そして、両親があくせく汗を流しながら農作業に精を出していた。収穫シーズンには、朝6時〜夜24時まで収穫・選別・箱詰など仕事をしていた。子供ながらに、「大変な仕事だな〜」と感じていた。
その大変な仕事でも、需要と供給のバランスが崩れると、運賃、箱代などの出荷経費を抜くとほぼただ同然の年もあった。その両親の姿を見て、どうにかして農家が再生産可能な価格を最低維持できないのかと思い、市場に就職した。

しかし、市場では海千山千の強者達が、うごめいている。気弱な僕は、夢と現実の狭間で心が折れてしまった。

大きなロットの荷物を扱うのが、市場である。僕が最初に渡された荷物は1つの農協の「みかん」である。9月〜11月まで、毎日10t車1台(10kg箱 × 1,000ケース)届き、仲卸に売りに行く日々。新入社員の僕は、売り方がわからない。今でも覚えている、最初に荷物を預かったときに売れた本数は7ケースのみ。993ケースは残ったのである。売れ残ったみかんは、上司が電話一本で方をつけていた。その仕事の差に、僕の実力の無さを痛感した。

それからは、毎日その農協から預かったみかんをどうにかして販売した。運が悪いことに、その年はみかんが超がつくほどの豊作。1ケース(10kg)、500円以下の等級も・・・。僕が販売するみかんは、毎日安値を更新していった。僕の心の中で、どうにかしたい。しかし、どうしていいかわからない。僕は無力感に苛まれた。

農家が丹精込めて作った農作物が二束三文で市場で売買されている。いや、されているのではない、僕がしていたのである。農家の収入を僕が決めていたのである。その時に、実家の両親の顔が思い出された。朝から晩まであくせく働いて、「腰が痛い」、「足が痛い」と言いながら・・・。とてもとても胸が締め付けれられる思いであった。しかし、現状は打開できない。

僕が夢見た「農家の再生産可能な価格」は、僕の手で実現不可能な結果となった。

その時は精神的にもかなり参っていて、別の勤め先を考えるようになった。

しかし、その中でも「農家の再生産可能な価格」で農作物を販売すると考えて、農家に近い農業資材メーカーに転職した。

長くなりましたので、今回はここまで。

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